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ゴースト・イン・ザ・シェル

なぜ、今この時に、この映画は作られなければならなかったのだろうか。

 

映像技術が追いついたからか?

スカーレット・ヨハンソンという女優がいたからか?

攻殻機動隊という30年経っても色あせるどころか、ますます人々を魅了し続けるコンテンツへの誘惑か?

 

映画に限らず、創造物は否応なしに社会をうつす鏡だ。

士郎正宗が来るべき時代に向けた祝福として原作を産み出したように。

押井守が狂騒の時代に人間とは何かを問いかけたように。

 

ならばこの映画も時代が求めたはずだ。

それはなんだ。

 

ヒントはAIのような気がする。

劇中で再三出てきた「彼女は機械よりもAIよりも優れている。」という台詞。

おそらく、ここに作り手が込めた意味がある。

しかし、おかしい。

コンピュータを駆使した映像で、人間はAIよりも優れていると言うのか。

優れているとは自分で判断して正しく行動できることか。

人間こそが正しい判断をできるというのか。

そのために「攻殻機動隊」を、「ゴースト」を利用したのか。

それがアメリカという国か。

 

自らの主張のためにここまでやろらなければいけないこの国が何故かとても疲れているようにみえる。

人間であり続けるために必死すぎて。